備え

 
その時、慌てないために。
                  
  
大切な方がお亡くなりになるのは、家族にとっては大変に悲しいことで、ショックも大きいです そのため「大事な人への通知ができなかった」「希望するお別れができなかった」ということが起こることがあります 事前に備えておくことは、「万が一の事態に備えて、内容や形式、費用等の大体の段取りをしておくこと」をいいます  これにより、いざ!という時に慌てずに、メリットのある進行にてご安心いただけます。
「仏事の豆辞典」を、
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当社編集による逝去からお通夜~告
別式~法要まで、良く解かりますの
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     光教寺3での白木祭壇飾り 
          浄土真宗本願寺派飾り(お西)
                

 
光教寺4での生花祭壇飾り
浄土真宗本願寺派飾り(お西)
 利用者ための外部設営1  葬祭の外部設営2
 喪主
喪主は故人の後継者いなる方、いわば祭祀権をもつ方がなるのが適してします。したがって長男となるケースが一般的ではありますが、長男が遠方の勤務先で家業を継がない時は、墓を守り、責任をもって供養を任せられる方が、喪主となります。 
    
 故人の安置の仕方
地域、宗教等により異なりますが、(1)故人を北枕にして安置します。(2)寝具は新しくし、顔に白布(ハンカチなど)をかけ故人が温まらないように注意し、薄い掛け布団をかけます。(3)魔除けとして、胸の上にハサミ、カミソリなど刃物の刃先を足元にに向けて置きます。(4)祝い額(七福神、寿等)を取り外すか、半紙を垂らします。(5)仏壇を閉めます。(6)神棚があれば、半紙を垂れます。(7)焼香の用意(香鉢、ローソク立て、一本花、一膳飯、枕団子、死に水の準備)をします。自宅で告別式や通夜を行うか否かは問わず、邪魔になるような調度品は、位置をかえ、早めに喪服に着替えて備えておきます。

  納棺後の安置
 葬儀と告別式
葬儀は、遺族や近親者ごく親しい人達でいとなまれる死者を葬る儀式であり告別式は故人にゆかりのある人達が別れを告げる儀式です。言葉の意味はそうであっても、故人を追悼し冥福を祈って別れをという意味では同じ儀式といえます。いとなまれる多くは、この二つを区別しないで続けて進行させています。葬儀と告別式に分けていとなまれても、本来は葬って別れを告げる意味の儀式ですから、近親者でなくても葬儀から参列したい希望があれば、遺族か世話人に申し出ます。例えば故人に大変世話にになったとか、尊敬していたなどの場合には「もし宜しければご葬儀にに参加させていただきないのですが・・・」と断れば喜んで同意してもらえるでしょう。この場合は末席について焼香も最後にするのが礼儀です。葬儀から参列すれば告別式にも続いて参列するわけですが、都合で辞去しなければならない場合はなるべく末席について終わった時に目立たないように席をはずし、、受付に挨拶をしておきます。葬儀と告別式の間に休憩を入れる進行もよく行われますが、休憩が入るなら世話人などにお断りの挨拶もできるでしょう。葬儀、告別式、出棺の時間は予定通り正確に行われるものですから会葬は早めに出かけます。ことに僧侶入場ですぐに読経が始まりますからその前に着席できるようにします。一般的には葬儀が一時間、告別式が一時間ほどです。告別式の一般会葬者はその時間内に焼香をすませばよいわけで、余裕をみて出かけるようにします。
 会葬者の服装
ごく親しい親類や世話になった目上の人の葬儀の場合は故人や遺族に礼を尽くすという意味から正装か準喪服にしたいものです。喪服がない場合は、男性なら略式喪服のダークスーツにネクタイ、靴下、靴を黒でまとめ、女性なら地味なスーツかアンサンブルに、地味な色のストッキング、黒い靴に小物を黒でまとめると喪の感じがでます。喪家の意向ど葬儀は地味にしたいというのであれば、大げさな正装をして参列するのはどうでしょうか。前もって聞いてみるなどして失礼にならないようにしましょう。勤務先から参列する時は男性ならブラックスーツかダークスーツを着て、女性なら黒や地味なスーツかアンサンブルを来て出かけるようにすればよいでしょう。喪服のアクセサリーは結婚指輪のほかは真珠だけが許されています。神式、キリスト教式の会葬者も仏式に準じます。カトリックの場合は、女性の信者は教会の中でベールをかぶりますが信者でない女性は利用しません。

  葬祭場での会葬者
 忌中と忌明け
古代には、死者の魂(アラミタマ)は肉体を離れてもしばらくは自家中心にした区域をさまようものと信じられ、やがて祖霊となるまで一定期間は遺族に何らかの影響を与えるものと考えられました。遺族はこの期間、霊を刺激しないよう身を慎み、静かに引きこもって暮らしました。仏教が伝来してから、この期間を中陰といって忌中の法要を営み、その期間が終わると満中陰を四十九日の忌明けと考えるようになりました。
 年賀欠礼
服喪の形が最も色濃く残っているのは、年賀欠礼の習慣です。不幸のあった家では、最初に迎える正月は一切のの飾付けや年始回りを行いません。そして「喪中につき年末年始のご挨拶はご遠慮申し上げます」という挨拶状を十二月上旬に発送します。これは死亡の通知も兼ねているわけですから、誰の喪に服しているかを書き入れますが、子供の喪である場合は、単に「服喪中」として入れないか又は服喪しない場合も多くことに社会生活のない児童の場合の場合は葬祭もごく内輪にして、、年賀欠礼の挨拶状も出さない(服喪をしない)ことがあります。また、父母や配偶者以外の肉親で死亡して半年以上も経っているならば平常通りに正月を迎え、年賀状をだしても差支えありません。明治の厳しい服忌令でさえ、一年以上の服喪を定めているのは父母か夫がしたときだけです。一つの喪が明けないうちにもう一つの不幸が起きた時は、「重忌喪(じゅうきも)といい、二度目の不幸から新たに忌日をを重ねることになります。年賀欠礼の挨拶状の文例は、各種ありますが最近では個性的な自作の文の挨拶状を出す人もあります。